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2011年5月16日月曜日

杉並〜秋葉原サイクリング

5/14の午前中は宅配の受け取りのために家にいて,なんか一日中引きこもりになりそうな雰囲気だったので,3週間ばかり前にタイヤ交換したばかりの自転車にのってサイクリングすることに。

どこに行くかなーと漠然と考えつつ出発,ちょっと秋葉まで行ってみるかーとひたすら東へ。
新青梅街道から新目白通り,そして靖国通りと進んで神保町〜淡路町と進む。
地図も持たずにひたすらハンディGPSの示す東に進んだら意外に良いルートだったようだ。

神保町付近から雨がぱらつき,真っ黒な雲が出てきて焦ったが,なんとか濡れずに秋葉に到着。



秋葉ではPCパーツ屋が軒を連ねる裏通りを散策,SDカードとエネループを買う。
もっとも,わざわざ来なくても,殆ど通販で手に入るんだよなあ。

色んな店を見て歩いたけれど,店頭に並んでいる商品が減って,客の目に届くところに段ボールが散乱している店が目立った。パーツ屋は以前から雑然としていたけど,ちょっと不安である。



トンカツ屋で夕食を済ませ,家まで走る。往路と微妙にずれたが,無事帰宅。
往復35キロ。月曜日の今も少し筋肉痛が残るが,意外に平気。まだ体力残っているな。

2011年4月11日月曜日

いわき湯本温泉

被災地域付近の観光地,折角営業再開しても観光客が行かないんじゃどうしようもないぜ。政府が安全っつってるんだから安全なんだろう。
福島第一原発から30キロ圏外,直線距離にして50キロ程度のいわき湯本温泉に行ってきました。

常磐道を北に進むと友部SA付近から補修跡が目立ちます。それでも100キロで巡航可能。SAの給油所での行列はありません。走っている車も別に復興用の車ばかりというわけじゃなく,マイカー中心でした。
車も意外に多く走っており,普段の休日と余り変わらないかな,とも思いました。

日立北ICから国道6号線を北上。意外に海岸線から離れているこの道ですが,海岸線に接近した2カ所で津波被害を受けた地域を通過しました。

ガソリンスタンドは営業しているところが多く,行列もありません。値段も東京と変わらないどころか少し安いくらい。少なくともいわき付近までは燃料の心配はないようです。

途中セブンイレブンで休憩したのですが,何故か本がまったく入荷されてませんでした。缶コーヒーを買って,飲んだあと缶を捨てようとすると,「ゴミ箱はありません。」と言われて持ち帰ることになりました。よく見るとゴミ箱は店内にありましたが,カバーが掛けられていました。

いわき湯本へ向かう道を間違え,北に行きすぎてしまいUターン。
久之浜を越えているため,原発から半径30キロ圏に一時的に入ってしまった可能性があります。道路にはそれを示す表示はありませんでした。


いわき湯本は内陸なので津波被害とは無縁。温泉街をバイクで走る限り,建物への被害も少なそうでしたが,築15年程度の共同湯「さはこの湯」が補修中なのがやたら目立ちました。この建物,温泉街の中ではかなり新しい部類の筈なんですが。
それでも私が訪れた4月10日から営業を再開していたため,入ることにしました。


駐車場は満杯,中も結構賑わっていて,脱衣所では苦労するくらいでした。
湯船を無理に大きくしていないおかげで,お湯は源泉掛け流しで良い湯でした。
浴場から出て牛乳を買ったのですが,福島の牛乳会社のくせに「岩手県産の牛乳を使用しているのでご安心ください」とか書かれていて残念。

さはこの湯から出て,温泉街を歩きましたが,シャッターが降りている店が多く,人通りもまばらでした。これはオフシーズンだからなのか,元々結構寂れているからなのか,震災の影響なのかは普段の姿を知らないためわかりません。ホテルはかなり営業しているようでした。


いわき湯本のシンボルである温泉神社に行こうと思ったところ,立ち入り禁止。参道の両脇に見える白い円柱状の石が鳥居の残骸であることにすこしして気付きました。


帰りの常磐道は渋滞知らずで極めてスムーズでした。

2011年4月6日水曜日

それ着ていて暑くない?

出勤したら,上司に「それ着ていて暑くない?」と言われた。
そういえば真冬用コートを着ていた。
別に暑くはなくて丁度良い位なのだけど,外を歩く人はコートを脱ぎ始めている。
今年はここでコートを脱ごうか。
コートを脱ぐと新しい季節が動き出すってZARDの歌詞にもあったな。

2011年3月29日火曜日

ゴールデンウィークは東北に行こうか

今年のゴールデンウィークは,父の傘寿のお祝いがあるので東北ツーリング,特に太平洋沿岸を走る予定だったのだが,今回の震災で流石に太平洋沿岸の被災地域を走るのは難しくなった。
それでも,福島・宮城・岩手の内陸部を走しろうかなぁとは思っている。
被災していない地域の観光業も今回の震災で客足が遠のいていて打撃を受けている。
過度に自粛しないで行った方が東北のためになるんじゃないだろうか。
ただし,ガソリンの供給が不足したままだと,少なくともバイクでのツーリングは難しいが。

2011年3月25日金曜日

震災につけ込んだ情報商材メール

情報商材のスパムメールと覚しきメールが届いた。

「立ち上がろう!仙台!!義援金キャンペーン」というタイトルで
曰く

>あなたの小さな一歩が
>誰かの大きな支えになる。。。
(略)
>【東北地方太平洋沖地震】
>で被害に遭われている方々の為に用意した。。。
>      ・━┓・━┓・━┓・━┓
>      ┃救┃┃済┃┃企┃┃画┃
>      ┗━・┗━・┗━・┗━・
>こちらは、被災地の復興の為にモニター贈呈します!
(略)
>【100万円】以上の獲得金額が計上された場合は、
>その一部を被災地の復興に援助してくださいねっ♪

だそうだ。

今の時期にこんなメールを出すとは,度胸があるな。

2011年3月19日土曜日

プロ野球と節電を考える

セ・リーグの開幕が4日ばかり延びたようだが,東京電力管内でのナイトゲームは節電しながらやることになるそうだ。
一般家庭の6000世帯(記事によっては5000世帯等ばらつき有り)が1日に使う分の電力を消費するということだが,4万人が集まればその分一般家庭が使う電力が軽減されるという意見もネット上で見かけた。
私もナイトゲームやった方がひょっとしたら省電力になるかもしれないと考えていたので,同じような事を考える人はいるものだ。

実際どうなんだろう。

観客4万人,全ての観客が家を空けた状態,全ての観客が4人家族,家を空けておく時間8時間(試合4時間,家との往復4時間),家を空けている時間帯(午後4時〜12時)の消費電力が一日平均の1.5倍と仮定する。
(ググって引っかかったサイト「エコナビ」http://econavi.eic.or.jp/ecorepo/house/72のグラフから若干多めに推計。)
1万世帯が約0.5日分(8/24*1.5)の電力を消費しないことになり,5,000世帯/日の電力消費を抑制できることになる。
全ての観客が2人家族で全員が家を空けていれば10,000世帯/日の電力消費を抑制できる。逆に会社帰りのサラリーマンが多かったり,留守番を置いて観戦しにきている人が多かったりすれば,その分電力消費は抑制されない。

勿論,この計算は待機電力や冷蔵庫の消費電力を一切無視している。エコナビのデータによると家族が活動していない深夜の消費電力が真っ昼間と余り変わらないため,家を空けても抑制される電力は少ないかもしれない。

きちんとした統計データを元に試算して提示すれば,セ・リーグへの風当たりも軽減される?逆に醜い言い訳と受け取られる?

学者とジャーナリスト,どちらを信じるべきか

今回の原発事故,雑誌メディアを中心にジャーナリストによる極めて悲観的な情報を伝えているが,専門の学者は最悪の事態が発生しても半径20キロ圏内を離れた場合命に別状無しとの見方が大勢のようだ。
普段査読を経て学会誌に掲載される論文を発表している学者と,誰にもチェックされずに雑誌に寄稿したり本を出版しているジャーナリストで,どちらの意見を信じるべきかはハッキリしている。
また,どういう人物の意見を取り上げるかによって,そのメディアの価値がわかる。

2011年3月17日木曜日

スタジオが鈍い?

余震が続いているのだが、結構強めの揺れでもニュース番組がそのまま続くことが多い。
あまりにも反応がないのでスタジオは揺れていないのではないかと思えるくらいだ。
そのため放送局移転説が出ているのだが、さっきのNHKを見る限り揺れていることは揺れているようだ。ちょっとした揺れ程度では番組進行を優先させているようだ。

2011年3月14日月曜日

計画停電,よかれと思ってやったことが…

東京電力は今回極力停電を押さえるべく行動していたように見えるし,実際それにより停電による影響は最小限で済んだわけだが,そのために停電の実施状況が当初公開した情報と異なっていたために大いに評判を落としてしまった。
しかし,何の配慮もなく計画通り実施する方が良かったのだろうか。当初予定通り実施しなかったおかげで通勤できた人は多数いた。ハッキリしない情報に振り回されて頭に来た人も多いだろうが,結果的にはプラスの面の方が多かったのではないだろうか。
マスコミは自分たちを振り回した相手に対しては絶対にネガティブな評価しかしないだろうが。

2011年3月12日土曜日

大地震

3時前,会議中に会社の館内放送で緊急地震警報が放送された。
少しすると,軽く揺れ始めた。大したことがないなと思っていたところ,徐々に強くなり始め,随分と長い間揺れ続けた。キャビネットからファイルが落ち,ネットワーク配線のために床上げしている床がめくれ上がり始めた。
私が勤務しているビルは震度5程度しか耐えられない作りなので,ひょっとしたらこのまま崩壊して下敷きになってしまうのではないかと恐怖にかられた。実際震度5強だったので,崩壊してもおかしくなかった。

揺れが収まってから会議室からオフィスに戻り,すぐにテレビを付けてみんなで情報収集。
震度7や津波6mという速報・予想値に驚く。
仙台の津波の様子に驚愕。

窓から見える首都高は余震の度に車が止まっていたが,しばらくすると緊急車両しか走らなくなった。
私のボスは市原に家があり,奥さんに電話したところコンビナートの爆発の音が凄いとのことだった。

私の青森県の実家に電話するも通じず,災害時用緊急電話を使って電話をしても繋がらない。
仕方がないので兄の家に連絡。電話に出た甥に伝言。

地震の後も散発的に仕事を続け,交通網が麻痺しているために21時まで会社で待機。
21時から杉並方面に家がある4人チームで歩いて帰宅。無理して帰らないようにという政府の呼びかけもあり,歩いて帰ることができない距離の千葉方面のメンツは会社に泊まることになりそうだ。

皇居周辺の道は車で埋まっていて,全然動いていない。歩いて帰宅する人も多く,ヘルメットを被った女性もちらほら。コンビニの弁当やパンは全て無くなっていた。しかしカップラーメンはどこからか出てきており,在庫があった。

まるでパニック映画を実体験するような風景の中を歩くが,歩く人たちは落ち着いており,混雑はしているが混乱はしていなかった。
ただし,東京を大地震が直撃したわけじゃないのにこれだけ帰るのに苦労している。直撃して至る所で道が寸断されたりしたら歩いて帰ることはできないのではないか。


杉並帰宅チーム4人のうち一人は女性で,ヒールを履いているために長距離歩くには厳しかったが,飯田橋で靴屋を見つけて歩きやすい靴を購入。その先はペースがグンと上がった。


飯田橋まで歩いたところでiPhoneアプリ「乗換案内」で電車の運行状況をチェック。
すると大江戸線が動いている。大江戸線ならばかなり家に近いところまで行ける。
大江戸線のプラットフォームまで行き,反対方面の2本の列車をやりすごして列車がやってくるのを待っていると,そこで運行停止のアナウンスが。
再び地上に出て歩く。

神楽坂を過ぎて再び「乗換案内」をチェックすると,西武新宿線運行再開の情報が。
みんな俄然元気が出る。
高田馬場まで結構長い距離もやたら速いスピードであるいてクリア。
大混雑を予想していた西武新宿線はいつもより空いていて,あっさり自宅近くの駅まで辿り着いた。

自宅に戻ってみると予想以上に被害があった。
不安定な置き方をしていたCDラックは転倒,CDが散乱,ガラス扉が割れていた。
オーディオもラックが動き,スピーカーが床に転落,床に大きな傷が付いていた。
本棚も動き,本が床に散乱していた。


明日片付けよう。体が無事ならばなんとかなる。

テレビを付けると死者行方不明者数が会社で見た時よりグンと増えていた。
明日明るくなってから更に被害が拡大しなければよいが…